Faylay~しあわせの魔法

いや、もう分かっていたのだ。

西や南の大国を滅ぼせと、不敵な笑みで命令を受けたときから。もうすでにカインは“彼”の支配下に置かれていたのだ。

それでもまだ、ローズマリーを傷つけないうちは引き返せる。

そう信じていたかった。

けれどもう……限界だ。



『アレク』

まだ正気を保っていられた頃の、カインの静かな微笑みが脳裏を過ぎる。

『ローズマリーを、頼む』

全てを覚悟した、落ち着いた笑顔だった。

そして、全てを見通しているような瞳だった。

何を言葉にするわけでもない。けれど、アレクセイには分かった。カインはアレクセイの秘め続けてきた想いに気づいているのだと。その上でローズマリーを託すと言ってくれていることを。

だからこそ、ローズマリーとともに逃げることは出来なかった。

不埒な想いを抱き続けるような者に心を許し、信頼し、傍に置いてくれたカインを裏切るようなことを、誰が出来ようか。

何が何でもカインを護り、ローズマリーを護り、魔族で溢れかえってしまったかつての都を、復活させてみせる。

そのためには手段を選んではいられない。

もう、時間がないのだ。

「優しさはいらない」

アレクセイは、首に下げた鎖についた、2つの指輪を握り締めた。

「欲しいのは、怒りだ」

短期間で“彼”に、カインを支配する者と対等な力を身につけさせるには、それしか方法がなかった。