Faylay~しあわせの魔法

母のように『特別に好き』な人が、離れていくのが怖い。

幼い頃に感じた訳の分からない恐怖の根源は、失くした記憶の中にあったのだ。

まったく覚えてはいないし、蘇ってもこない。寂寞の想いすら湧いてこないというのに、心の奥底ではその記憶が根付いているということだろうか。

だからフェイレイのことも、『特別』にしたくなかったのだろう。

本当はとっくにそうなのだけれども、それを表に出したくなかった。つかず離れずの今の距離を、維持していたかった。

ずっとこのままではいられないことを、解ってはいても。

「どうしたいの、私は」

暗い海に向かって放たれた言葉は、波飛沫の音にかき消される。

身体を弄る風が一層強くなり、リディルは身を竦めた。

すると背後にあった気配が消えていることに気付いて、振り返った。

マストの上から注ぐ弱い光に照らされた甲板には、誰の姿も見えない。

そのことにチクリと痛む胸は、なんて我侭なのだろうか。リディルは自嘲の溜息をつくと、また暗い海に目を戻した。

本当に、どうしたいのだろうか。

近づけないクセに、ジワリと涙が滲む。

身体は正直だ。解っているのだ。本当は、どうしたいのかなんて。ただ……怖い。手に入れた途端に、しあわせが掌から零れていきそうで。


縁に乗せていた手の甲に、額を押し付けると。

ふわりと後ろから温かなものに包まれた。

「寒くなってきたから、こんな恰好じゃ風邪ひくよ」

耳元で優しい声がして、リディルは少しだけ顔を上げた。肩には船室に置いてあった毛布がかけられていた。