ガチャ……、とドアノブを回して扉を引く。

ほのかなオレンジ色の電気が点く室内を見渡した。

窓際にあるベッドの上が少しだけ盛り上がっており、近づいてみると……もうひとりの小さな我が子がスヤスヤと眠っている。

こちらは、本当に杏にそっくりで……髪色も真っ黒。

その隣には、繭が寝ていた。



『“―――”? パパだぞ~? 起きないのか~?』


小声で呼びかけてみるけど、起きる気配はない。

この子は、“―――”と違って……一度寝ると、なかなか起きない。

まだ小さいから寝るのがこの子の仕事なのかもしれないが……遊べなくて寂しい。


ぷにぷにとした頬を指で撫でると、わずかに口角を上げた。

その表情が可愛くて可愛くて。


『あ~……幸せ……』

寝顔を眺めているだけで疲れが吹き飛んでいく。



すると。


『んん~……』

我が子はモゾモゾと布団の中で動き、手で目をこすった。

パチパチと瞬きをした後、むくりと体を起こしキョロキョロと周囲を見渡す。

そして、俺と視線が合った。



『ぱっぱ……?』

『ん、パパだ』

『ぱっぱ!』


俺だと認識した途端、パアアアアア……と笑顔になり、ベッドの上から手を伸ばしてくる。

抱っこして、というお願いだろう。

抱き上げて膝の上に座らせる。



『ぱっぱ、ぱっぱ!!』

『ん』


ペタペタと頬を触ってくる“―――”に笑みをこぼした。

膝の上に立って首に腕をまわしたり、顔をスリスリとこすり付けてくる。



その時。


『ぱっぱ! “―――”!』


背後から俺たちを呼ぶ声がして、振り返るとリビングにいた“―――”が近くに立っていた。

手には、俺が先ほどあげた多くの衣装が入った袋を持っている。

小さな体では袋を持ち上げられず、ほとんど引きずっているが。



『どうした、“―――”』

『“―――”、ずるい!  ぱっぱ、ぎゅ!!』


声をかけると、袋をその場に置いて、俺の方へと歩いてきた。

そのまま正面に回ってきて、抱きついてくる。

“―――”だけを抱っこしていたから、自分もしろ、というもんだろうか。

小さな体に腕をまわすと満足そうに笑った。



両手にチビたちを抱える。



『ぱっぱ、しゅき!』

『ぱっぱ、しゅき!』


ひとりが言うと、真似してもうひとりが言う。

それが愛しくて愛しくて、我が子たちを思いっきり抱きしめた。

今日、残業しないで帰ってきてよかった。

可愛い我が子に、こんな嬉しいことを言ってもらえたのだから。



『ぱっぱ。くるちい!』

『ぱっぱ、めっ!』

そうふたりに言われるまで抱きしめていた。



十分すぎるほど抱きしめた後、リビングから来た“―――”が袋を指差す。

少し腕を緩めると、スルリと離れ……一生懸命、俺たちがいるところまで引っ張ってきた。



『“―――”、みてっ!』


膝の上に座っている“―――”に衣装を広げて“―――”に見せる。

なにやら、俺から買ってもらったのだと説明しているようだ。

好きなのを選べ、とも言っている。

ただ、まだ言葉をそんなに流暢に話せるわけではないため、単語をつなぎ合わせて話しているんだが。



『ん~……』


選ぶためなのか、俺の膝から降り、目の前の衣装に近づく“―――”。



『“―――”、コレ!!』


茶髪の我が子が選んだのは、魔女のドレス。

黒っぽい衣装でふんだんに白いレースが使われている。


着替える!と主張するため、俺がその場で着替えさせた。

うん、可愛い。

気に入ったのか“―――”はキャッキャと声を上げて喜んでいる。




そして、黒髪の我が子はひとつの白い衣装を引っ張り出してきた。

んんん?


『ぱっぱ!』


目を輝かせて、これにする!というように主張する我が子。

だがな、それ……あのジャパニーズホラーでは知らない人はいないほど有名な幽霊だぞ。

古びた井戸から這い上がってくるのが有名なシーンだ。


我が子が手にしているのは、シンプルな白いワンピース。

まさに、あのキャラクターの衣装だった。

俺、こんなのも買ったっけ?


『ぱっぱ!!』


ひとりが着替えたので、自分も着替えたいのだろう。

ホントに何でもお互いのことを真似したがる“――”だ。


でも、その服のチョイスは……杏の血だな。

あの、なぜか一般の考えからズレていて、変なものを好むという……。


『他にもいっぱいあるぞ?』


ためしにかぼちゃの衣装やウサギの衣装を見せてみるが、一切見向きもしない。

本当に貞○……がいいらしい。


着替えさせると、その瞳は一層輝く。


『ぱっぱ! きゃー!』


○子になれたことが心底嬉しいらしい。


衣装に身を包んだ我が子たちは、リビングにいる杏に見せに行くと訴える。

繭は変わらず寝てるし。もうちょっと寝かせとくか。

両手に抱えて立ち上がり、杏の元へ戻った。




俺たち3人を見た杏は。



『え、なにその“―――”の衣装』

『だよな、もうちょっと違うものにしたかった。貞○とは……』

『すっごくかわいい! そんなのもあったの?』

『……うん。』


この母にしてこの子あり。だな。

黒髪の我が子と同じ感覚の持ち主である母は、目を輝かせ貞○の衣装をまじまじと見ている。

まちがいなく親子だと感じた瞬間だった。


その時。


ピンポーン……と、インターホンが鳴る。


『あ、柚莉かも!』


リビングに設置してあるモニターを見ると、そこには悠たちや雅人たちの姿。

どうやら全員来たようだ。


『今開けるねー』


そう言ってパタパタと玄関へ急ぐ杏。




しばらくして……。


『お邪魔しまーす!』

大勢の大人たちがワイワイとリビングにやってきた。

全員それぞれプチコスプレだ。



『きたぁ!』


子どもたちが仲間の登場に喜ぶ。



『さ、みんなでハロウィンパーティーよ~』


リビングに杏の声が響いた。


さて、今夜は長い長いパーティーになりそうだ―――――……。





 *END*