「陸しゃん、あたしね?今日は学園じゃ、我慢してたんだよ?」
「は?」
突然、何を言い出す?
「だってさ、陸しゃん学園のみんなの王子しゃまだもん」
「……」
「女の子ががんばる、バレンタンくらい……チョコを渡しゅのも、告白しゅるのも夕方までは。って……」
杏は、ギューッと俺に抱き着いたまま、ボソボソと呂律のまわらない口で一生懸命に話す。
そうか、さっき、『みんなの王子様は終わりね』って言ったのは、そういうことか……。
杏が、1日。
家に帰ってくるまで、他の女たちからコクられようが、チョコを渡されようが、何も言わなかったのは―――……俺の学園での立場をわかっていたから。
どんなに嫌がったって、大量にチョコはもらう。
断るとわかっていても、コクられる。
俺が、王子様を演じているから……。
バレンタインっていうのは、女が頑張る日。
菓子メーカーの作った日だけど、それでもこの日を勝負とするヤツもいる。
だから、気持ちを伝えるくらい、渡すくらい、我慢して見逃そうと杏は、考えていてくれたんだな。
「だから……もうあたしがどくしぇんしたっていいでしょ?」
「……」
「みんなの王子しゃまから……あたしだけの彼氏のもりょって?」
そんなかわいいこと言われると、理性なんて吹っ飛ぶですけど。
ウルウルとした目で見つめられる。
俺としては、いつもお前だけの彼氏のつもりなんだが。
今日、頑張ったんだよな。
本当は、女たちに嫉妬していたのかもしれない。
コクられるのも、イヤだったかもしれない。
それでも、なにも言わずに、放課後まで待っていてくれた。
とびっきりのチョコを渡してくれた。
それが、うれしくて仕方ない。