真っ黒だった。

上から下まで、真っ黒だった。

クローゼットの中は全部、真っ黒だった。


『黒が好きになった人は、人に秘密にしておきたいことがあるのね、きっと』


そう、あたしは隠していた。

好きになってはいけない人。

分かっていても、心がひかれて行った。

あの頃を思い出すと、胸が苦しくなる。



「ねぇ、せんせー?あたしのこと好き?」

寝入る直前の子供が、母親にすがるように。

その手にしがみつくあたしを笑って、彼は言った。

「好きだよ。舞、おいで」

あたしを引き寄せて、彼はあたしの頭を撫でる。

「聞こえる?俺の心臓の音。
どきどきしてる」


彼は優しかった。

優しい繭の中に、あたしは包み込まれていた。


それを、愛情だと信じて疑わなかった。

一生に一度だけ、この人のためなら死のうと思った。

その気持ちが、何よりも強い愛情だと信じていた。