犬助は、遠回しの断り文句を口に出す前に名乗られてしまって、泣きたくなる。

もし、この客人が腕試しの武人か何かで、決闘なんか挑まれたら、どうするつもりなのだろう。

……ああ、どうもしないのか。

 相手が強いなら、むしろ面白がりそうだ。

それは女性として、どうなんだろうと、犬助は情けなくなった。

「貴殿が、桃子殿……ですか?」

 驚きと戸惑いがない混ぜになった視線で、垂れ目の青年は桃子を頭から爪先まで検分している。

「不躾な奴だな。私の頭に角でも付いてるかい?」

 名乗りもせず、じろじろと遠慮のない視線を向けてくる男に桃子は、些か気を悪くした様子だ。

「いえ、角がついてた方が、まだ驚かなかったと言うか……」