最悪−…。
自分の心臓の鼓動が、強すぎて気持ち悪い。
こんなタイミングって…ない。
目を見開いて固まる私に、翔は怠そうに「おはよ」と、言った。
「おは…よ…」
挨拶という、当たり前のことすら忘れるくらい、私は余裕を無くしていて、
「そこどいてくんない?檜山みたいな奴に立たれてると、出れないんだけど」
「あ……ごめん」
いつもの、翔の喧嘩を売る言葉にさえも、気付かない。
「…何かあった?」
素直に謝って、ドアの前から避ける私を、さすがに不審に思ったのだろう、翔は尋ねるけど、
「いや…別に…」
“意識してる”なんて、とても言えない。
「ふーん…」
一方、翔は全くいつもと変わらぬ様子で、私の横を通り過ぎようとする。
何で…普通でいられるの?
「…ちょっと待ってよ!」
何だか腹が立った私は、衝動的に翔のブレザーを掴んだ。
「何?」
「あ……」
振り向いて、私を真っ直ぐ見る翔に、顔が熱くなる。
自分で引き止めておきながら…困る。
「…どこ行くの?チャイム鳴るよ?」
平然を装って、必死な思いで口にしたのは、やっぱり言いたいことじゃない。



