彼らに連れられて行った佐久太郎の墓は、十年前に少年が倒れていたのだという深い谷底にあった。

ただ土が盛られただけの、小さな墓であった。

彼女はあわれな幼なじみの末路を思ってはらはらと涙をこぼし、人知れず命を落とした少年を葬ってくれた大天狗に礼を言った。

彼はそんな彼女を見つめて、「すまんな」とまた謝罪の言葉を口にした。

「鈴の思い人は、ここに眠る者であるのにな」

寂しそうに呟かれた言葉に、彼女はハッと顔を上げ──

優しい金の瞳と視線がぶつかって、先刻の愛の告白の記憶が蘇り頬が火照った。

「いいえ、鈴はもう……」

彼女はそっと、十年間肌身離さず持ち続けた約束の証である桜貝と、天狗から渡されたその片割れとをその墓の上に置き、

「……朔様と参ります」

小さくそう言って、涙に濡れていた頬に花のような笑顔を浮かべた。

精悍な顔で微笑した彼を見上げて──


「信じられん! 朔太郎様のみならずこの娘まで……!」と、見つめ合う二人を見て烏天狗が何やら騒いだ。

「ンなアホな! こんなのは錯覚です! 吊り橋理論です!」

後に自分で意味を調べてみるまで、彼女には烏天狗が何を言っているのかわからなかったのだが、

「恋の吊り橋理論によるとですな、このように異常体験をともにした男女が互いに思いを寄せ合っても、それは長続きしないのだそうですぞ!」


罪を犯してまで命を救ってくれた男を見つめて高鳴っているこの胸の音が、

本当に「恋」と呼ばれる感情による仕業であるのか、
それとも烏天狗の言うように単なる錯覚によるものであるのか、

判然とはしないけれど、それでも

先の見えない真実の世界に足を踏み入れる決意をした、この日、


今はこの心音にすがってみようと、

そう彼女は思った。