「恋の吊り橋理論というものをご存じですか?」

「……いや? うむ? 待て、どこかで聞いた気もするな」

「つまり──こういうのは恋ではなく錯覚です、錯覚!」


そんな会話が聞こえて、私はゆっくりと目を開けて、


「髪の毛と瞳は金色ですな」

「うむ、大天狗のデフォルトだからな」


視界の中で、美しい青年の姿をした天狗と──恐ろしい猛禽の顔をした真っ黒な烏天狗が私を覗き込んでいた。


思わず悲鳴を上げて、朔太郎に抱きついて、

「朔様、朔様……!」

私は金色の目玉をぎょろつかせてこちらを見ている化け物を指さして、

「うむうむ。落ち着け、心配するな。
こやつは先刻の烏天狗ではない。俺の配下の影時だ」

朔太郎になだめられ、ようやく己がこの美貌の若者に抱きかかえられていることに気がついた。

赤くなって、うつむいて、
はて私はいったいどうしてこんなことになっているのだろうと、己の身に起きたことを振り返って──

はっと、思い出して口元を押さえた。

「朔様、朔様、私はあの烏天狗に斬られたのでは……」

しかし嘘のように、体はちっとも痛くない。

「その傷を俺が治した」

朔太郎はそう言って、抱えていた私を下ろして、

言われて私は自分の体を見て──裂けた着物がはだけて露わになっていた肌に悲鳴を上げた。

「忘れていた」

必死に前を押さえた私を見て、朔太郎が片手を一振りし、
ぽうっと淡い光を放って、たちまちに裂けた着物は元に戻った。

「まあ」と、天狗の不思議な術に私は驚いた。

「記憶を呼び出してナノマシンに復元させた」

朔太郎は私にはよくわからないことを言って、「人の体はこのようにはゆかないがな」と溜息を吐いた。