「そんなことはようく理解している。うるさい、黙れ影時」

俺は、パニックに陥ったカラスの如くに騒ぎ立てる烏天狗の名を呼んで、言語の意味が正しく伝わるならば「静かにするように」という意味合いとなる言葉を確かに口にしたのであるが、

「理解……って、わかっていてこの娘にナノマシンを与えたのですか!」

一瞬絶句した後、どうやら俺が発した言語の意味は伝わらなかったと見え、静かになるどころかますます大声を張り上げて、烏天狗の影時は錯乱した黒い鳥さながらに、大いに騒ぎ立てた。

「アホですかー! あなた、アホだったのですか!」

鳴き真似の如きフレーズまで加えて、影時はいよいよカラスじみた奇声を発し始めた。

俺は仕方なく大気中に無数に漂う元素操作用ナノマシンにそっと干渉し、影時の周りの大気の波を優しく止めて、音波が己の所まで届かないようにしてみる。

パクパクと無音の叫びを上げ続ける影時をしばし温かい目で見守って、

「なにしやがりますか、あなた!」

やがて大気への干渉を解いた俺に、影時は涙目で怒鳴った。

「いや、あまりにお前がうるさかったのでな、つい」

「つい、ではありませんっ!」

呼吸のための大気まで奪ったつもりはなかったのであるが、まったくもって不思議なことに影時はぜいぜいと肩で息をして、やがてこの世の全てを諦めたような奈落の如き溜息を吐き出し、

「どうするおつもりなのですか、その娘」

と、大天狗用のナノマシンによって髪の毛から色が抜け始めた鈴華を睨んだ。

「鞍馬山の僧正坊様のお耳に入れば、その娘は直ちに処分され、いかに大天狗とは言え、朔太郎様にもそれなりの処罰が下りますよ」

すっかり傷も消え、腕の中ですうすうと規則正しい呼吸をしている彼女の頬を俺は優しく撫でた。

「しばらく、他の者の目の届かない場所にかくまう」

「はあ!?」

「幸い、彼女のことを知る者は今のところこの世に俺とお前しかいない。だから影時」

俺は俺の腹心の烏天狗に向かって、花もほころぶ──か、あるいは散らせる威力を込めて、満面の笑みを作って見せた。

「お前もこのことは黙っていてくれ」

今度は俺も大気に干渉したわけではなかったが、影時は再びパクパクとくちばしだけを動かした。