人間と遭遇することを念頭に置いていなかったが故の完全なる職務怠慢。

斯様な素顔を見られるとは──不覚。不覚。なんたる不覚!

人を脅かすという重要なる仕事の一つに根幹で支障をきたす、由々しき事態である。

「山奥で天狗に出会ったところ美青年でした」などと吹聴されては目も当てられぬぞ。


そんな内心の動揺を隠しつつ、己の容姿に絶大なる自信を持つこの俺(二回目)は、


「あいや、待たれい。天狗ではござらぬ。
それがしは幕府転覆を謀る輩がこの辺りに潜伏しておると聞いて調査に参った、公儀隠密にござる」


と、このどこかのんびりぼんやりとした、世間知らずそうで人の言うことならば何でも素直に信じてくれそうで都合の良さそうな見た目の娘に、容姿と同じく絶大なる自信を持つ美声で空ッとぼけてみた。


娘が可憐なる微笑でもってうなずいてくれる。

「ああ、うそですねえ」

なぜに!?

「公儀隠密ならば、私に妖怪変化の類と勘違いされたほうが良いところを、わざわざ勘違いを正して正体を明かした上、任務の内容まで教えるなどという奇ッ怪は信じられません」

「それはそなたを怯えさせぬためにだな……」

「私はちっとも怯えてはおりませぬが」

世間知らずで人の言うことならば何でも素直に信じてくれる都合の良い娘ではなかった。
のんびりぼんやりとした口調で、常識的で至極まっとう、こちらがぐうの音も出ない論理的思考により導き出される正論を口にする娘であった。

人の見た目とは斯くもあてにならぬものである。