俺はいつもの如くに、その単語に続いて人間の口をついて出て然るべき悲鳴や絶叫という耳に心地よい怪音を期待しながら待ってみたが……

こと今回に関しては期待通りの結果が得られる自信がなかった。

というかほぼ絶望的であった。


事実、

目の前の身分あると思しき武家の子女は、彼女自身が「天狗」と呼称した生き物──つまり俺──につぶらな小動物の如き視線を注いだまま、一向に悲鳴など上げる気配はなかった。

代わりに娘は、
鈴を転がすような冷涼な声には似つかわしくない「ふうむ」といううなりを上げて、目の前の生き物──つまり俺──をしげしげと観察してこう言ったのであった。


「天狗というのは赤ら顔で鼻の高い、もっと恐ろしげな面相のものかと思っておりました」


娘と相対してより二秒間の一番冒頭の辺りで、直ちに俺の頭がそう結論づけた俺の不覚はひとえにここにある。


山奥に出没する怪物、天狗。

人がそれと遭遇した一瞬に衝撃を受け、悲鳴を上げて恐れる理由として、

化け物が持つ様々な要素のうち、
その面相が高い鼻に赤ら顔、鋭い目玉をぎょろつかせた凶悪なものであるから──

という点はやはり無視できまい。

第一印象において外見なるものは重要である。


今、娘が恐怖というより好奇と興味の対象として視線を注いでいる生き物──つまり俺──は、服装と登場の仕方はどこまでも基本に忠実に、完璧なる天狗であった。

が、問題はその面相。


適当に伸ばして襟足あたりで一つにまとめたやや逆立った灰色の髪、妖しく輝く金の瞳、鋭く伸びた爪──はまあ良しとしよう。

しかし切れ長の凛々しい瞳にすっきりと整った面差し、年の頃なら二十歳過ぎ、日照不足でやや青白くはあっても赤くはない肌。


どこからどう見ても普通の人間の顔。

いや、自分で言うのもアレだが普通よりかなり上等、役者並の色男の顔。


頭髪及び瞳の色を除けばこの国の人間となんら変わりのないこの面相では──

女の黄色い悲鳴は期待できても血の凍る悲鳴のほうは期待できぬだろうと、己の容姿に絶大なる自信を持つこの俺は絶望したわけである。