手入れの行き届きいた美しい庭を、
見事に咲き誇る桃の花を横目に、玄関を目指して歩いて行く。

今は果たして桃の花が咲く季節であったろうか。
山粧う秋ではなかったろうか。

「朔様、朔様」

私が薄紅(うすくれない)の花をつけた庭木を指さすと、自身を天狗だと言うなんとも不思議な風貌をした美しきあやかしの青年は、
整った灰色の眉を歪めて、金の双眸を険しくした。

「まさかこのような──」

我が愛しの君と同じ響きの名を持つ朔太郎天狗は、ついと薄明るい頭上を見上げ、手にした羽扇を一振りした。

天狗の羽扇は、幼き日に母様から聞かされた物語のとおりに、

ごう、と疾風を呼び起こし、たちまちに庭木の花を散らせてしまう。

「まあ」

私は無惨に散った桃の花を少し残念に思いながら、山奥に忽然と現れたその妖しき館の入り口を発見して朔太郎の衣を引いた。

「朔様、朔様」

私の指さした先を見て、この天狗は少し首を傾げて、金の目玉で気遣うように私を見た。

「怖くはないか?」

「はい」

私はにっこり微笑む。

うむうむ、と朔太郎は頷いた。

「では参ろうか」

ああ、この方は人ではないけれど。

出会ってからこれまで、いちいち私の言葉に頷いて、ちゃんと話を聞いてくれる。
今は忙しいのだと言って、父様や母様や兄様のように邪険にしたりはしない。

お稽古に行った先でも、元々武家の人間でもない私は爪弾きにされ、友もできず──

誰かとこのように温かな、血の通った会話を交わすことなどいつ以来だろう。


朔太郎は一本歯の高下駄で器用にわしわしと歩いて、私たちはその屋敷の戸口に並んで立った。


「もうし。もうし、誰か」

さて、私はおっかなびっくり中へと声をかけてみたのだけれど、しんと静まり返った館からは物音一つしなかった。


私と天狗の朔太郎は顔を見合わせて、

それから大きなその屋敷の中へと足を踏み入れた。