見られた。
見られてしまった。

何たる不覚……!


木の葉が美しく色づき始めた真昼の山中で、俺は目の前の少女と無言で見つめ合っていた。
楓の葉模様を散らしたうす色の品の良い小袖に身を包んだ、ぱっちりとした瞳が愛らしい色白の娘である。

風がさわさわと森の木々を揺らし、俺と少女の視線の間を赤い枯葉が数枚舞い落ちていった。

などと述べると甘い恋物語が展開している錯覚を与えかねないが、正確には俺と少女は睨み合っていたと言うべきかも知れない。
もっと正確に表すならば互いに硬直していた。

身なりから察するに、それなりに身分も高い武家の子女というところか。
年の頃なら十六、七のその少女は、小袖の下には手甲に脚絆という道中姿であった。

道中姿というのは、道中を行く姿であるからこそ道中姿というのであって、

街道を大きく外れた、斯様な道無き山の奥に旅人が突然出現するなど非常識甚だしい反則ではあるまいか。
反則だろう。
反則に違いない!

少女を前にして硬直したまま、まったくもってけしからんぞと、俺は胸の中で憤慨した。


ちなみにこの間約二秒。


実際のところ、
おそらく山の中を歩いていたのであろうこの少女の前に突然出現──というか頭上から降ってきた非常識の塊は俺のほうだった。

少女はゆっくり三度、大きな両目を瞬かせて、


「天狗──」


俺の姿を実に端的かつ的確に表現した呼称を、ふっくらとした唇に乗せた。


俺の格好は、片歯の高下駄に括袴(くくりばかま)、白衣(びゃくえ)の上に衣を重ね、結袈裟(ゆいげさ)、梵天(ぼんてん)、腰には一振りの刀。
それでも手にしていたのがせめて錫杖(しゃくじょう)であったならば、木登りに失敗して落ちてきた山伏、修験者という苦しい言い逃れができたかもしれぬが──俺が右手にしっかり握りしめていたのは九葉の羽団扇(はねうちわ)であった。

この姿で山の中、突如として頭上から降ってきた。

天狗。
どこから見ても天狗。
他の単語で呼ばれたら吃驚仰天の、完璧なる天狗っぷりである。