少女の幼なじみは名を「佐久太郎」と言い、麓の村に住む農民の子であったのだそうだ。

「朔様、取り乱して申し訳ございませんでした」

悲嘆に暮れた顔で俺の名を唇に乗せた鈴華に対して、俺自身が何か酷いことをしたというわけでもなかったが、

それでもこの美しき乙女を落胆させ、悲しませたという事実に俺はちくちくと針を突き立てられるようにさいなまれながら、再び二人で山中を「佐久太郎」なる十年前の人物を捜索してあてどもなく歩き回り──


俺と鈴華がその何とも奇妙奇天烈な場所に立ったのは、そろそろ釣瓶落としに山の陽も落ちようかという時分のことであった。


唐突に視界が開け、この山を知り尽くす俺にもまったく見覚えのないススキ野が目の前に出現した。

頭上には夕暮れ時とも似て非なる薄明るい空が広がり、そしてススキ野の真ん中には場違いな建造物が居座っていた。


「このような場所にお屋敷が……?」


世間知らずそうな鈴華もさすがに目を丸くした。

ススキ野の中に建っているのは立派な黒い門を構えた屋敷である。


鈴華がそっと俺の顔をうかがい見た。

「俺の屋敷などではないぞ」

と、俺は娘の脳裏を過ぎったのであろう可能性を否定しておいた。


すると鈴華は「もしや」と小さく漏らし、期待を込めた視線をその忽然と現れた館に向けた。

脳裏には当然、探し人の住処である可能性がよぎっているのであろうが──


俺は忘れかけていた本日この山に来た目的を思い出し、よりにもよって人間の娘連れで本来の職務に当たることになるとはと軽く嘆息した。