「いい加減にして下さい!ほんとに警察呼びますよ!」


優子の手が再び桜の小さな手を強く握る。
「あっ」と言いながら、桜は引きずられるように優子に引っ張られた。


「お嬢ちゃん、これ渡しておくから」


神川はとっさに桜の鞄のポケットに名刺を押し込む。


「Zに会いたくなったらパパに渡して」


桜の顔の近くで小声で言うと、立ち上がってにこやかに桜に手を振った。


「桜、何かもらったの?」


怒りに満ちた優子は決して後ろを振り向かず、真っ直ぐ前を見て早歩きする。
桜に対しての言葉もついキツイ口調になっている。


「ううん。何にも」


小さく言うと、鞄のポケットを大事そうにそっとさすった。


高層マンションの上に広がるどこまでも高い空は、夕陽の紅が緩く溶けて、遠く…薄く…紫色に滲んでいた。