「あっ、トイレ行ってくるわ」


まるで思い出したかのように奈桜が言う。
碧はその言葉にあっけに取られてポカンと奈桜を見た。


「今……何て?」


碧の問いには答えず、奈桜は置いてあるタオルを掴んで顔をゆっくり拭う。
一見、汗を拭いているように見えるが、違う。
不安に満ちた今の顔を碧に見られたくなかった。


「おい…、」


碧の怒りを抑えた声が響く。
奈桜は碧の横を無視して通り過ぎて行く。
いつもは柔らかい奈桜の顔が険しくシャープに見えた。
その時、碧は奈桜のいつもと違う何かを感じた。


『1人で何かしようとしている…』


「奈桜、オレも力に……」


「これ以上…」


言いかけた碧の言葉を遮るように奈桜が口を挟む。