「でね、父さんがまた……」

「ほうほう」

一品料理に箸を伸ばしながら、陽は愚痴り始める。でも、そのすべてが秀明の事。一言目は父さん。二言目も父さん。烏丸はにやける顔を抑える事が出来なかった。

「先生、なんで笑ってるの?」

「いや、可愛いなと思って」

素直になっていない陽に、少しの可愛げが見えて、それを臆面なく口にした。陽はしばらく呆けるがすぐに顔を真っ赤にさせる。

「からかわないでください! 誰にでも言ってるんでしょそんな言葉!」

「いや、陽が初めて」

またさらに顔が真っ赤になる。照れている姿にまだ烏丸は笑っていた。

「でもそんなこと言ったら、本命の人に誤解されますよ」

「あ…………。それは、困るな」

だがその笑いも陽の一言で消えてしまった。その様子を見て、また陽はぼそりとつぶやいた。

「やっぱり、好きな人いるんだ」

しかし、その声も居酒屋の騒ぎ声に飲みこまれて誰の耳にも入らなかった。とりあえず陽はウーロン茶を一気に飲み干して財布を取り出す。

「先生のバカッ!」

乱暴に代金を払って飛び出していく客に、烏丸は呆然と立つしかなかった。

「あ……五円足りない」

あまり気にしていないようだ。ひとまず自分の財布から足りない分は出しておいた。
その一部始終を何食わぬ顔で客の酒とつまみをさらっと横取りしながら恭子は見ていた。

「…………本命って、誰だ」

ちょっと興味があるらしかった。


「……はぁ」

夜道を歩きながら陽は嘆息した。先ほどの自分の行動に少し後悔しているようで、ずっと口の中で反省の言葉が吐き出されている。
あまり気にしないようにと思っても、頭の中をぐるぐると回る。とりあえず、明日は学校で謝ろう。そう思ったときだ。

「……なんだろ、この花」

一本の民家の表札に花が一輪添えられているのを見つけた。
暗い夜に不気味に映える紅い花弁
触れれば花粉がふさりと落ちてゆく。季節違いの花。

「彼岸花……なんか、怖い」

気味が悪くなりそのまま帰った。


翌日、
その家の住民が変死体で発見されたニュースが町を騒がせた。