信号の向こうから、黒い服を来た男性が近付いてくる。 きっと、『バイトしませんか?』だと思う。 この駅の周辺には、さびれたスナックやガールズバーが結構多い。 さっと立ち上がり、私は早足でドーナツ屋の裏へと向かった。 甘い匂いに誘われたわけじゃない。 甘い歌声に誘われたんだ。 吸い寄せられた。 母親から歌ってもらった記憶も消えてしまったけれど。 きっと、子守唄ってこんな感じ。 今の私の心には心地良い甘すぎる声だった。