ある駅のホームで、見るからに柄悪く座り込んでいる男がいました。


その男の名は志摩 翔。


怪我をしているのか、その右腕は服ごと血に染まっていた。

チラチラと見ながら避けていく者、翔の顔見たさで少し近くを歩く者。


「チッ…」

翔は周りにも聞こえるよう、わざと大きな舌打ちをした。
周りはビクッと肩を揺らし、翔の周りは人が寄り付かなくなった。

翔は右腕が痛むのか、痛みに顔を歪めて右腕を抑えながらホームの壁に背中を預け、ベタッと座った。

その時―…


『あっ、あのっ…!』


鈴のような声が翔の耳に届く。
まさか自分じゃない、と目を瞑ると、もう一度自分の前で鈴のような声が響いた。


『怪我…酷いですよねっ!?
あの、失礼しますっ!』


翔が目を開けた時には、鈴の声の持ち主の黒髪の女の子が可愛らしい大きめのハンカチを翔の右腕に服の上から巻き付けた。


「なっ…」

「かなーん!?」

ガタガタと五月蝿い駅のホームで違う女の声が翔の声を遮った。
目の前の女の子はその声に反応し、急いでキュッとハンカチを結んだ。


『すみませんっ…!
止血ぐらいしか出来ないんですけど…っ。
病院に行って下さい!』

「おいっ…!」


女の子は翔の声も聞かず、不安げに瞳を揺らしながらペコッと頭を下げて人混みに紛れていった。


「カ…ナン…?」


翔の声は響く事なく、ガヤガヤと人の声にもみ消されていった…。