「あの頃の空さんは、毎日寂しそうで……どうしたら笑ってくれるのかと、頭を捻っていました。笑わない子供を見守る、それは新米の親とて、とても、とても寂しいものでしたから。
両親を失った貴方の心とどう向き合えばいいのか、毎日裕作さんと話し合いました。カウンセラーの先生にも相談しました。
随分長い間悩み続けた結果、ふっと気付きました。焦っては駄目だと。
大人の私達が焦っては、きっと子供も焦ってしまう。
時間を掛けて歩んでいくしかない。それしかない。急かすだけ悪い結果しか生まない。
誰が傷付いているのか、それは勿論両親を失った空さんに決まっています。
その子を引き取るといったのは我々夫婦。生半可な気持ちでいては、きっとお互い不幸になるだけ。
覚悟を決め、親として認めてもらうためにも長い時間を掛けて歩んでいきましょう。
裕作さんと何度も話あって決めたことです。
長い時間のおかげで空さんは、いつしか私達を両親と認めてくれ、素直で純粋に、だけど金銭面でちょっとケチな、親孝行者に成長していきました。
ほんと、イチにも両親、二にも両親な子供になってしまって、嬉しい反面、もう少し我が儘を言えばいいのに、と苦笑したことも多々ですよ。
だから、空さんが誘拐されたと聞いた瞬間、目の前が真っ暗になってしまいました。
悲しい? とんでもありません。
私は息子が誘拐されたと聞いて、命が危ぶまれていると知って、電話越しから聞こえた銃声を聞いて、ああもしかして死んでしまったかもしれないと思った瞬間、ただただ死にたくなりました。
悲しみなどなく、辛いと呼ぶにはあまりにやさしく、絶望というにはあまりにも生ぬるい。
そう、不謹慎ではありますがこの表現がピッタリでした。
こんなことになるなら、もっと息子の我が儘、無理やりでも聞いて沢山叶えてあげるべきだったと後悔の波に苛みました」
タン、タン、皿の上で母さんはりんごを切り分けていく。
「ねえ空さん」
綺麗に切り分けられたりんごは、
「もっと私達を困らせても」
均等に並べられ、
「いいのですよ」
そして俺の前に差し出される。
もっと我が儘を言っていい、困らせていい、母さんは綻んでくるけど、俺は笑えなかった。ちっとも笑えなかった。



