「あら、鈴理さんがまた本をくださったの?」
「うん。ただ(アクの強い)恋愛物だから、読むペースが遅くって。だけど折角先輩がくれたから読もうと思って」
なにより感想報告しないと俺の身が危ない。
「そう」母さんは良かったですね、微笑ましそうに綻んでくれる。
なんとなく居心地が悪くなるけど、俺は微笑を返すことに成功した。
情けない。誘拐された時は母さんや父さんと、もっかい向かい合うって決めていたのに、現実はこれ。
ずっとこれなんだ。
今日こそ話を切り出そう、思い出したことを言おう言おう。そう思っても契機が掴めなくて。
嗚呼、怖いのかもしれない。
言ってどう反応されるか、それがとても。
前進の一歩が踏み出せない。
先輩に偉そうなことを言っておいて、なあにしているんだか。
母さんはこんなにも近くにいてくれるのに。
結局何も切り出せず、俺は読書、母さんは備え付けられているテレビを見ながら雑誌を開いていた。
途中四苦八苦する夕飯時間を挟み、昨日、一昨日と変わらない時間を過ごす。
内心じゃ情けないこと極まりなかったけど、どうしても勇気が出なかった。自分に苛々するくらい。
雑誌を読み終えた母さんは、「りんごでも食べましょう」読書に耽っていた俺に提案してくる。
文庫本にしおりを挟んみ、うんと一つ頷いた。
早速母さんは見舞い品の果物カゴからりんご、そしてサイドテーブルに置いていた包丁と皿を手に取って作業に取り掛かる。
シャリシャリと音を鳴らし、回しながらりんごを剥き始める母さんだけど、「あら失敗ね」なんて声音を上げて微苦笑。
ウサギりんごにしようと思っていたのに、と独り言をポツリと呟いた。
そういや母さんは昔からりんごをウサギにしてくれる癖があったよな。
いつもりんごを剥いてくれる時はウサギだった。
俺の指摘に、「空さんは」母さんは静かな声で返した。
「ウサギさんにするといつも喜んでくれたから、すっかり癖になっちゃったんですよ」
作業を見つめていた俺は、思わず母さんを凝視。
ふふっと笑声を漏らす母さんは、シャリシャリと音を奏でてりんごを剥いていく。
「最初に喜んでくれたのも。ウサギりんごさんでしたね」
澄んだ声で思い出を噛み締める母さんは本当に嬉しそうな顔で語り部に立つ。



