「うわっ」
よそ見をして走っていたせいか、俺は足元を取られてそのまま転倒しそうになった。
急斜面に対応できず、足が取られてしまう。
深い雑木林なのか、向こうに見えるのは急な下り坂。
否、崖と呼んだ方がいい。
高所恐怖症の俺にとってそれは、文字通り、地獄に落ちる他ならない。
暗い向こうに体が吸い寄せられる。
同じように足元を取られて転倒しそうになっている彼女は、バランスを崩して崖の方へ。
「鈴理先輩!」
咄嗟に右手で彼女の手を掴み、左手で細い木の幹を掴む。
幹の表面がつるつると滑った。
ごつごつとした木の皮じゃなく、美肌みたいにつるっとした木の幹は摩擦が少ない分、握り難い。
しかも俺自身、彼女の手を取った時にバランスを崩しているから、足が思うように踏ん張れない。
ついでに横っ腹も痛い。引き上げられるだけの力がない。
「空っ、手を離していい」
先輩は突拍子もなく阿呆な事を言い出した。
畜生っすよ、その台詞。
そりゃ映画ドラマではお決まりの台詞っすけど、此処じゃ受け付けないっすからね!
「馬鹿なこと言わないで下さい。怒るっすよ、今すぐ引き上げますから。ちょっと待ってて下さい」
「崖に落ちても助かる道はまだ残されている。空はあたしの手を離して、此処からすぐ逃げるんだ。いいか、命令だぞ」
こんなところであたし様を発揮っすか。
つくづく自己中心的なお嬢様ですね。
そんな貴方様が大好きな俺って、かんなりの重症者っすよね。
こうやってお互いを想い合っている俺達って激ラブラブですよ。川島先輩か大雅先輩辺りに揶揄されそう!
「あたし様を超発揮してくれても、イヤと言いますからね。聞けない命令っす!」
「高所恐怖症だろう。一緒に落ちたらどうする、逃げろ!」
ははっ、高所恐怖症?
そうっすよ、今も超怖くて怖くて怖くて半泣きっす。
でも俺は目の前で彼女を失うことの方がベラボウに怖い。
もう、目の前で大切な人が傷付く姿は見たくない。



