「先輩、時間大丈夫っすか? 今日って合気道じゃないっすか?」
「ああ大丈夫。七時からだから」
いつの間にか逃がされていたブレザーに腕を通し、フライト兄弟が持って来てくれたらしい鞄を肩に掛けるとベッドから下りた。
保健室の先生にひとこと挨拶をしてお世話になったお礼を言うと、俺は彼女と一緒に保健室を後にした。
「なんかすんません。心配を掛けてしまって」
彼女に詫びれば軽く首を横に振って気にしていないと一笑。
その笑みにちょい安堵。心があったかくなる気がした。
渡り廊下に差し掛かる。
グランドが見えた。
向こうでは部活に勤しんでいる陸上部員やサッカー部員の姿が。
そういえば入学してすぐ、アジくんに誘われて陸上部に仮入部したことがあった。
運動神経はかなり良い方だ。
おかげさまで先輩達に部活に入らないか、と熱心に勧誘された事があった。
入りたい気持ちはあれど俺は特待生。
部活をしちまったら、時間に追われそうで結局お断りした。
未だに陸上部の先輩方に会うと、勧誘されるんだけどさ。
と、隣に鈴理先輩がいないことに気付く。
「先輩?」
足を止めて振り返ると、向こうのグランドを一点に見つめている彼女の姿。
目を細めて熱心に部員達を見ているけど、なんかあるのかな?
「もしかして先輩、部活でもしたいんっすか?」
問い掛けに、「いや」もう習い事をしているから十分だと視線を逸らさず返答。
ふっとこっちを見る先輩は決意したように、重い口を開いた。それは俺にとって衝撃的な台詞だった。
「空、最近のあんたの様子を見ていて、もしやと思っていたのだが……あんた思い出したんだろう?」
ザァっと俺等の間に風が吹きぬける。
思い出したんだろう? だなんて抽象的な表現な。
俺が何を思い出したか、もっと具体的に仰ってくださいよ先輩。エスパーじゃないんでちゃんと言ってくれないと分からないんっすよ。
片隅で軽口が通り過ぎるけど、それを表に出すことはできなかった。
まるですべてを見透かしたように先輩は返答を待っている。
どぎまぎに俺は笑って、「なんの話っすか?」彼女が期待していた返事とは別のものを用意。彼女の心意を探る。
鈴理先輩は俺の動揺を見て、確信を得たのだろう。
「あんたは思い出しているんだ」
無自覚から自覚へと変わったんだ、と鋭く指摘した。



