前略、肉食お嬢様―ヒロインな俺はお嬢様のカノジョ―



あんまり、聞きたくないけど、でも聞かないといけない気がした。


知らないといけない気がした。高所恐怖症を克服するためにも、知るは必然だ。


高所恐怖症を早く治したいってわけじゃないけど(治るとは思わないけど)、このままなあなあにしておくわけにもいかないしな。


治るどころか酷くなっているんだし、身を引き締めて当時のことを聞かないと。


花畑さんはカップを持ち上げながら、「私も聞いただけなんだけど」重い口を開く。


「その日、由梨絵さんはご家族とお出掛けする予定だったみたいなの。弟夫婦もご一緒だったみたいなんだけれど。その前日、由梨絵さんは空ちゃんと公園で遊ぶ約束をしたって言ってたわ」


「公園で……俺と約束?」


記憶に無い、無いぞ。

そんな約束したっけな?



「ええ。最近構ってやれなかったから、日曜は沢山お相手をするんだって言っていた。十年も前のことなのにあの人と交わした会話、今でも鮮明に覚えているなんて不思議よね。

まさかその翌日、由梨絵さんが旦那さんと事故に遭うなんて夢にも思っていなかった。

ご両親が交通事故に遭った日、空ちゃんも入院したって聞いて、病院まで飛んで行ったわ。

空ちゃん、意識不明の重体になった聞いたから私、息子と一緒に泣いちゃって。空ちゃんは事故に巻き込まれていなかったみたいだけど、ジャングルジムから落ちて大怪我を負った。


それは憶えているかしら? ……その様子だと憶えていないみたいね。


幸いな事に空ちゃんは事故に巻き込まれなかったの。公園で遊んでいたから。

でも事故のショックでジャングルジムから落ちてしまって、そのまま大怪我を負ったって聞いたわ。

事故現場は公園と歩道を挟む道路だったから、空ちゃん、目の前で事故を見ちゃってショックの余り、落ちちゃったのよ。


一度二度お見舞いに行ったんだけど、空ちゃんとは会えなくてね。バタバタしたまま空ちゃん、弟夫婦に引き取られてしまって。


息子ったら暫くは「空がいない!」ってワンワン泣いていたのよ。これが私の知る、事故の出来事だけど……大丈夫?」


「あ、はい。ちょっと戸惑っちゃって。だけど大丈夫です」


嘘、本当は大きく動揺している。

なんだって? 俺は事故当時、その場にいたのか?



待った待ったまった、母さん達はそんなことヒトコトも言わなかったぞ。

ジャングルジムの大怪我は教えてくれたけど、そんな背景があっただなんて露一つ知らなかった。


じゃあなんだ、俺は目の前で実親の事故現場を見たのか? 嘘だろ。


だってそんな記憶、全然。


ジャングルジムから落ちた記憶はあるけど、でも、親が目の前で……どういうことだ?


俺はあの当時、そこにいたのか? 約束? 約束ってなんなんだ。


表向き平常心を装う俺だけど、内心ではとびっきり動揺。

一人だったらきっと、その表情をいかんなく表に出していたと思う。


「あの公園って」

「近場の公園よ」


ここから五分弱で着くと花畑さん。

そこへ行けば、真相が突き止められるんだろうか。俺はぼんやりと思った。



バタン。


扉の開閉音が聞こえた。


どんどんっと足音を鳴らして居間に入って来たのは、見知らぬ高校生。


見るからにスポーツ系な、短髪男子高生は俺の姿を見るや否や誰だって顔をした。

ごめんなさい、俺が貴方の立場なら同じ顔をします。

ほんと、突然の訪問ごめんなさい。


花畑さんの息子さんっすよね。


「えっと、こんにちは」


へらっと笑う俺に、


「こんにちは」


戸惑いながら挨拶を返し、花畑さんに目を向ける。

誰、この人、息子さんの問い掛けに「ほっらぁ空ちゃんよ」おばちゃんノリの花畑さん。

「どこの空ちゃんだよ」

ツッコミを返す息子さんに、隣部屋に住んでいた空ちゃん、一緒に遊んだでしょ、と言われて息子さんは知るかって顔をした。


ですよねぇ、俺も憶えてないですもん。

お互いに物心ついたばっかの子供だったんだし、憶えている方が難しい。


息子さんの名前は翼さんと言うらしい。

翼さんは今、学校から帰ってきたらしく腹減ったと花畑さんに昼食を要求。


「食べて来なかったの?」


悪態をつく花畑さんは仕方がなさそうに腰を上げた。


今、冷麺を作るからという花畑さんは俺も一緒にどうぞ、と笑顔を向けてきた。


いや、お昼ご飯食べてきたんだけど……なんて言えず、お心遣いを甘受することにした。来て早々おいとまするのもなんだしなぁ。