一騒動があったけど俺は無事に先輩と別れ、早足でアパートに向かう。


びっくりした。

あんな狭い道でまさか車が猛進してくるなんて……怖いよな。狭い道だっていうのに携帯を弄くって脇見だなんて。


向こうは小さなことだって思うかもしれないけど、小さなうっかりが大事故に繋がるんだ。

俺の両親だって交通事故で、交通事故で。


ほんっと道端で話していた学生の俺等を轢いてしまったら、どうしていたんだろうな。あの運転手。

一度奪っちまった命は、絶対に戻って来ないっていうのに。
 

先輩が咄嗟の判断で壁際に寄せてくれなかったら俺、車とぶつかっていたかも。

それだけじゃない、先輩だって轢かれていたかもしれないんだっ。


先輩が壁際に―……。


“危ないっ、久仁子! ……兄さんっ、義姉さんっ!”


寄せてくれなかったら、


“誰か、誰か救急車をっ! 車に轢かれたっ!”


それだけじゃない……、先輩や俺だって……。
 
 
“お父さん……お母さん……なんで向こうで寝て……血が出て”

 

……?



階段にのぼろうと段に足を掛けた俺は、動きを止めて痛むこめかみを擦った。


何だ今の。脳裏に会話……会話が……今のは一体。


急に襲ってきた頭痛に耐えるために瞼を下ろせば、薄っすらと蘇る光景。


あれは、えっと車と、人盛りと、それから道路に。


それから、それから。


それから、俺は何を忘れているのだろう?

ゆっくりと瞼を持ち上げて、俺は誘われるように振り返り、茜空を見上げる。


何かを忘れている俺を、叱咤するように空がこっちを睨んできた。あまり優しい顔じゃない。


ふわっと吹き抜ける冷たい夕風を体で感じながら、俺は日が完全に暮れてしまうまでその場で佇んでいた。


日が俺にそっぽ向いて沈んでしまうまで、いつまでも。
 


⇒Chapter3