前略、肉食お嬢様―ヒロインな俺はお嬢様のカノジョ―





「あの、せ、せ、せんぱいっ……そ、そろそろ、ね、寝ましょうか? ぐっすり眠って、あ、明日に、そ、備えましょう。ね?」
 


追い詰められた俺はえへらえへらと笑い、その場を凌ごうとする。

情けなく上擦り声で空気を読まずトンチキなことをいう俺だけど対処法は間違っていない筈だ。ああ間違っていないとも。
 

午前様を過ぎた時刻、人間の脳は睡眠を欲求し、夜に眠るとインプットされているのだから。


人間の三大欲求は『食欲・睡眠欲・性欲』の三つであると先輩が教えてくれた。


ということは、俺は本能と良識に従って睡眠欲を取る。

自然の流れだろ。な?


一方の先輩は捕まえたと口端をつり上げて両手首を手早く掴み、壁に押し付けてきた。


「煽ったのは、あんただ。発破をかけたのはあんたなんだぞ、空」

「え、えーっとご、ごめんなさい。血迷った行為は謝るんで、ここらで勘弁を」


なんで四隅に逃げちまったんだろう。


はい右に壁、左にも壁、後ろにも壁で、前には先輩。ピンチ。


嗚呼、昼間にちょい発破もどきのキスをかわし、夜は夜でちょいちょいイイムード。


風呂場騒動後に、トドメの俺の攻め宣言。攻め心を焚き付けてしまい、結果的に大ピンチ。


俺、つくづく思うけど自分で自分の首を絞めているよな。


ばーか、俺のばーか、マジでヤられちまえ! 明日は赤飯だぞ! ……ひとり漫才をしている場合じゃない。


スーッと目を細めて見つめてくる先輩の鋭い眼光に、緊張やら、寒気やら、危機やら、汗やら。


もはや自分の感情を把握できないほど俺は混乱している。


ドッドッドと高鳴る鼓動のせいで体温は急上昇。誤魔化しがてらにぐーぱーぐーぱー手の平を開閉してみるけど、意味は成さない。


そっと額を重ねて瞳を覗き込んでくる先輩の視線から逃げようと、目を伏せれば、「逸らすな」とご命令が下る。


そんな殺生な、とか思う俺だけど、凛と澄んだ声音には逆らえず、おずおず指示に従って視線を合わせる。


目と鼻の先に彼女の顔があって、思わず赤面。

なんだってこんなことになったんだよもう。


異常なまでに意識しちまうだろ。


くそっ、ほんっと風呂場の一件のせいで俺、今、過剰反応を起こしている。


とにかくこの艶かしい空気を打破しないと。

 
ああくそ焦るな。焦るなよ俺。いつものように空気を壊すような発言とか、行動を起こして打破しよう。

パターン化になっているだろ、大丈夫、だいじょ―……「空。好きだ」次の瞬間思考が停止した。


「あんたが好きだ。あんたが欲しい」


ふっくらとした薄い唇が耳元で好意を囁いた、その唇で、俺が何か言う前に彼女は荒々しく口付けしてきた。


昼間のキスとはまた違う。

呼吸さえ奪う、強引なキス。

豪快なキスだというべきなのか、それとも荒いキスだというべきなのか、どことなく余裕のないキスだった。


そして初めて体感するキスだった。

所謂、これが先輩の本気モードってやつなのかもしれない。


呼吸をしようと必死にもがく俺なんて一瞥することもなく、壁と体でしっかりと俺の体を挟んでディープで濃厚なキスを交わしてくる。


忙しなく動く両肩に、より押さえ込もうとする手、爪が俺の肉に食い込んでいる。


きっと痕として赤い三日月ができているだろう。

生理的な涙目は仕方が無いとしても、性急過ぎる行為にはついていけない。ついでに息も続かない。


交わす度に奏でる水音がやけに耳に響く中、だんだん力も抜けてきて俺はズルズルと壁から背中を滑らせていく。


中途半端になった体勢で交わすキスがまた辛い。

呼吸も体勢も辛い。


キスから生まれる快楽も辛い。

息子さん、反応しそう。


欲を抑えるのに必死だよこれ。