ふと俺は隣に視線を流した。
そこにはダンマリと食事を進めている先輩の姿。
能面を被ったような表情を作っていたもんだから、スゲェ驚いちまった。
家内ではそんなにもクールで無表情な顔を作っているんっすか?
極力空気になって食事をしている先輩に俺は目を細める。
姉妹達の会話に交じりたくないんだな。
自分の家族への評価が、いや、両親への評価を思い出しちまうから。
ご両親が先輩をどう思っているかは知らないけど、でも、先輩はご両親に期待されていないと思っている。
見切られたと思っている。
愛情をもらえないと思っている。
令嬢のあるべき姿になれなかった罪悪感から、気持ちを、我が儘を、感情そのものを一切吐かないんだろう。
家族に対して消極的な先輩は妙に余所余所しい。
あたし様のくせに家族に対しては健気なんだ、先輩は。
そしてとても、とても、寂しい人なんだ。
嗚呼もう、まったくあたし様を見せない先輩なんて、ちっとも先輩らしくない。全然先輩らしくないよ。
俺はサラダに入っていたトマトをフォークで刺すと、「先輩」明るく名前を呼んだ。
我に返る先輩がこっちを向いたと同時、「どーぞ」それを差し出して微笑した。
首を傾げる先輩に、「あり?」俺はおどけてみせる。
「先輩駄目ですよ、空気読まないと。此処で俺がトマトを差し出したら、先輩はパクっと食べないと。受け男、豊福空、勇気を出して突撃したのに……そうっすか、期待してたのは俺だけっすか。残念っす」
フォークを引けば、「あ、こら!」先輩がむすくれた顔で俺の手首を掴んできた。
「いきなり空が仕掛けてくるから、状況が読めなかっただけだ。誰が手を引いて良いなど言った? 大体な、仕掛ける時の掛け声が『どーぞ』とはどういうことだ。普通は『あーん』だ。いいか、『あーん』だぞ。仕掛ける時はこの掛け声で来い」
説教を垂れてくる鈴理先輩に笑って、「じゃあ。あーんっす」再度レッツトライ。
まだむっとしていた先輩だけど、次第に破顔に移り変わってトマトを口に入れてくれた。
これで満足してくれるかと思いきや、「次はこれがいい」とムニエルを指差してきた。
元気を付けさせるための行為だったけど、元気を付けさせ過ぎたかも。
微苦笑を零す俺は、「了解っす」従順にムニエルをフォークで切り、一口サイズにしていく。
「まだか? 空」
「んもう、そんなに急かさないで下さい。食べ易いよう、切ってるんっすから。できました。先輩、あーんっす」
満足そうにパクついてくる先輩のいつもの表情に俺も嬉しくなった。
やっぱり先輩はその表情の方がお似合いだよ。
能面のような顔なんて似合わない。ちっとも似合わない。
「次はどうするっすか?」
俺の問いに、「そうだな」先輩が腕を組んで悩み始めた。
その様子に目尻を下げつつ、俺は別の話題も切り出す。
れは、さっき出した話題。約束を交わした話題。
「先輩。俺っすね、冬の天の川の他に見たいものがあるんっす」
「ん? 何が見たいんだ?」
「ダイヤモンド・ダストっす。細かい氷の結晶が太陽の光できらきら輝いて見える細氷現象。あれを一度見てみたいんっす。いつか一緒に見に行きません?」
「だったら良い所があるぞ。あたしの家の別荘の一つにダイヤモンド・ダストが見られる場所があるんだ。あたしはそこで何度か見たことあるんだが、そこに空を連れてってやる。それはそれは見事でな」
無邪気に語り出す彼女は「空の夢を叶えてやる」、あどけない笑顔を見せた。
うん、先輩はそうやって笑っていて欲しい。
いつまでもいつまでも、色付いた表情をして欲しい。
いつまでも、そう、いつまでもさ。



