前略、肉食お嬢様―ヒロインな俺はお嬢様のカノジョ―




【お嬢様と貧乏少年の恋⑤】

―シークレットダーク編―
(五節:その洞窟の中で)

 
油断していた。

あれほど天気が良かったというのに、いきなり降られてしまうなんて。

よく聞くように山の天気は変わり易いようだ。

鈴理は洞窟の中で、外界から見える土砂降りの雨に溜息をついた。


通り雨ならば良いのだが、一晩中降られてしまう可能性もあるかもしれない。


濡れた服を絞りつつ、これからどうしようかと思考を回していると、「へっくしゅ!」隣から小さなくしゃみが。


「空、寒いのか?」


洟を啜っている少年に尋ねると、「ヘーキっす」平然とした声が返ってくるが、声音は明らかに震えている。

やせ我慢しているらしい。


それでも尚、此方に気付かれぬよう、懸命に平然を装い、吸ってしまっている雨水を絞り出そうと脱いだ服を捻っていた。

ギュッと絞る度に、彼の指の間から雫が滴り落ちる。

恍惚に見つめながら、鈴理は音なく移動し、彼と肌を密着させる。


「せ、先輩」


狼狽する空が大丈夫だと強がりを言った瞬間、黒い雲の向こうから耳のつんざくような雷鳴が響く。


鼓膜が破れるほどの雷鳴に、空は身を硬直させ、悲鳴を呑み込んだ。

雷が苦手だと知っていた鈴理だが、隠そうとする彼を気遣い、何も言わない。言わないが、行動は起こす。


身を竦めている彼の前に回って、その怖じる顔を覗き込む。


男の自尊心が空自身の中に宿っているため、どうしても情けない面を相手に見せられず、「雨酷いっすね」視線を逸らして他愛もない話題を切り出す。


「こんなに酷いと、今夜中に別荘に帰れるかどうかっ」


刹那、両頬を包まれて視線を無理やり戻された。

顔だけは絶対に見られたくなかったというのに、彼女は鋭い眼光で逸らす行為を禁じてくる。


無言で見つめられる恐怖に、「先輩」おずおず空は名前を紡んで沈黙を切り裂こうと努めた。

なお威圧的な眼で彼を見つめる鈴理は、向こうから聞こえてくる雷鳴をBGMにそっと唇を動かした。


「あたしが傍にいる。何も心配はいらない」


走る稲光、落ちる雷、押し殺される呼吸。

雨音は酷くなるばかり。


「心配なんて、俺は何も」


畏怖の念なんて一抹も抱いていないのだと、空は虚勢を張ったが、彼女には通らなかったらしい。


「だったらあたしを見ろ。一瞬きも逸らすな」


目を眇める鈴理に空は目を閉じて逃げ道を探す。


身を捩って、どうにか彼女の手を振り解くことに成功した空は、


「本当に何も心配なんてしてないんっすよ」


寒さと恐怖に震えている声音を彼女に向けた。


言えるわけないではないか。

男の自分が寒さに震え、雷鳴に一々怖じているなどと。


体が横に引き押されたのは刹那のこと。

「ツッ」湿った岩壁に肩をぶつけた空は痛みに息を殺したが、両手首を各々取られ、それらを岩壁に縫い付けられたことにより痛みを忘れた。

「逸らすなと言ってるだろ。何故逸らすんだ」

「せん」


「あんたはいつもそうだ。何かあればあたしから目を逸らして誤魔化そうとする。その手は通用しない。分からないなら、もう頭で理解しようとしなくてもいい。あたしが身を持って教えてやるから」


耳元で囁き、その耳に齧り、癒すように舌を這わす。 

「教えなくていいっすから」

軽く熱っぽい吐息をつく空に、「却下だ」鈴理は笑声交じりに返答。


「あんたが素直になるまで教えてやるさ。その感情を惜しみなくあたしに曝け出せるまで」

「……曝け出しても、失望するだけっすよ先輩。俺はっ、嫌われたく」

「そういうことはすべて曝け出してから言ってしまえ。空、曝け出してみせろ。泣いて、喚いて、悲願して、あたしを求めればいいさ。あんたはあたしの所有物。所有者にそれくらいする義務があるのだから」


這う舌が耳から首筋、そして唇に至る。

感触からなのか、それとも寒さからなのか、軽く粟立っている肌に一瞥した鈴理はそのまま快感を相手に与えるために指を――…。





「――…指を上半裸となっている空の胸部から臍ほぞ、脇腹。そしてベルトのズボンに指を掛けええええうわあぁああああ! そのままエロに突入してるっすけど先輩ぃいいいい!」

「馬鹿だな、空。エロ突入は『お嬢様と貧乏少年の恋』ではお決まりなんだぞ」

「ゲッ、しかも俺、喘いっ、ぎゃああああキモイっすぅううう!」

「毎度ながら、あたしのドSっぷりには舌を巻く。早く小説を現実にしたいな、空」