「あ、あの」
美人先輩が俺の前で身を屈めた。視線がかち合う。
ガラス玉のような瞳が一笑を零すと、骨張った指が伸びてきた。
間の抜けた声と相手の行動、どちらが早かっただろう?
彼女の手が後頭部に回ると同時に顔を引き寄せられ、視界はブラックアウト。
すぐに晴れたけど俺の目は点。
ついでに隣近所にいる奴等も思わず目が点。
美人先輩が何も言わず、断りもなしに俺にキスをしてきたんだもの。驚くでしょ? ふつう。
自分の口角を舐めて美人先輩は自己完結するように頷くと、俺を挟みように両腕をテーブルについて顔を覗き込んできた。
「あんたは、これからあたしのモノだ。拒否権はない」
美人先輩が初めて俺に声を掛けてくれた台詞が、これ、だった。
待て待て待て。
あたしのモノとは何ぞやもし。
拒否権はないとは何ぞやもし。
俺は間をたっぷり置いて口を開いた。
「……はい?」
その時の俺の顔は世界中の誰よりもマヌケ顔だったに違いない。
「分からん奴だな」
美人先輩は目と鼻の距離にまで顔を近づけて、可愛らしい、いやあくどい笑顔を作った。
「あたしの所有物になれと言っている。一年C組豊福空、お前はそういう星の下で生まれてきたんだ。これは運命だ。諦めろ」
なんで名前を知っているんですか。
しかも美人先輩、口を開くとやけに男前。俺様、いや、あたし様。
まだ呆けている俺に美人先輩は焦れたのか、制服の首根っこを掴んで椅子から引き摺り落としてきた。なんて強引な。
尻餅つく俺に対して美人先輩は気にすることもなく、俺を引き摺って歩き始める。
ああっ、俺のハンバーグ定食。
まだ全部食べてないっ、てかこの人なにぃいい?!
ほっらぁ、周囲の注目を浴びちゃっているからぁあ! フライト兄弟も目が点々になっちゃっているから!
ほんともう、なんなんだよぉ、この人!
「あの先輩ッ、何処に行くんですか」
「言っても分からんようだからな。手っ取り早くあんたの体に教え込もうと思う」
な、なんか危ない発言……俺の予感が外れてくれますように。願いを込めて俺は何をするつもりなのかを尋ねる。
振り返った先輩はニヤッと笑った。
まるでその笑みは悪代官のようだった。