「ご主人様。…今日はお仕事はないのですか?」



瞳子は手を動かしながら、アルフレッドに問う。普段なら彼はもう支度を整えホールに向かっている頃であるが、今日はまだ優雅にモーニングティーを啜っている。


「ああ…、今日は仕事は午後からなんだ。夜会もあるし」


「…夜会。そうでしたか。では、ディナーは要りませんか?」


「そうだな。向こうで食べてくるよ」

「畏まりました。ラーグに伝えておきます」


「ああ、よろしく」



瞳子は軽い朝食として用意したサンドイッチを、つまむアルフレッドを横目で見て、長居をしてはいけないと軽く頭を下げ、静かに立ち去ろうと部屋のノブに手をかけた。
だが、

「トーコ」


と呼ばれ振り返る。
まだ、アルフレッドは椅子に座っているがしっかり此方に体を向けている。
しかし、一向に言葉を発しない。ただ、此方を見つめるだけ。
そんな気まずい空気に瞳子はいたたまれなくなり

「あ、の…、まだ何か御用でしょうか…?」


「…トーコ。夜会に出てみないか?」



「はい?」


「だから、夜会に…」

「そんな、滅相もございません。…連れて行かれるのでしたらもっと相応しいお方を」


瞳子は、動揺を隠すように頭を落とす。何故、そんな事を言うのだろうと思いながら。


「トーコだから連れて行きたいと言ったら?」


アルフレッドはゆったりと立ち上がり、瞳子の間近に迫る。
その顔は真剣で、瞳には熱情が隠っている。
瞳子は反射的に後ろに後ずさりをする。
どうしたのだろう、目の前のアルフレッドが遠く感じるのは気のせいだろうかと身構えた。


「御冗談を…」

「冗談なんかではー」


「私(わたくし)は、召使いで御座います。…変なことを仰らないで…くださいませんか」


瞳子は乱れる胸の内を隠すように悟られぬように、アルフレッドを睨みつける。
その普段の彼女らしからぬ行動にアルフレッドは一瞬、怯む。
それを見逃さない瞳子は、失礼しますとドアに踵を返した。