「トーコ」



まだ上げない。
アルフレッドは痺れを切らし、一つ溜め息を吐いて立ち上がり瞳子に近づく。
その足音に瞳子の細い肩が、ビクリと揺れる。それと同時に瞳子の毛先が切りそろえられた漆黒の髪も揺れた。
怒られると思ったのだろう。
しかし、その予想に反してアルフレッドは優しく自身の腰位置にある彼女の頭に手を乗せた。


「トーコ」


先ほどから彼女の名前しかアルフレッドは呼ばない。
しかし、最後の呼び方だけは幼子をあやすような穏やかな音色だった。

「…は、い…」


瞳子はその音色に観念して顔を上げた。
目の前には、彼の端正な顔が近くに合って瞳子は少し目を見開く。
アルフレッドはそんな彼女を見て綺麗な笑顔を見せた。


「良い子だ」



瞳子は顔を赤らめ、視線を逸らす。そして、はたと本来の目的を思い出した。


「あ…、す、すぐにモーニングティーのご用意を致しますっ…」


「…よろしく頼むよ」


瞳子は今度は最低限の音だけで準備を進めていった。
胸の中のざわめきを必死に抑えながら。