思い、出した――


そうだ、あれは奏(そう)が言っていたのだ。

あれは、いつだったか。


奏があたしの頬に触れながら、言った。その時の奏の目が恐ろしくて、体が凍りついたのを覚えている。奏が動いて発せられる布擦れの音でさえ、恐怖だった。
神緯だったら冗談よね、で済むのだ。しかし、奏は本当にやりかねないし、やれる力があった。





「―――トーコ?………ウィル、何、やってるの?」



ハッと後ろを振り向くと、手を洗って帰ってきたのだろう、シン君がポカンと立っていた。

瞳子は、冷静になって考えてみる。
確かに、ウィリアムは尻餅をついて痛みに悶えているし、瞳子は押したままの格好で固まっていたのだ、不審に思っても当たり前だった。瞳子は、頭を横へブンブンと振り、邪念を振り払ってシンの方へと向き直り、微笑む。



「え、と――。な、なんでもないんですよ。さ、屋敷に戻りましょうね、シン君。もう終業時間ですよね。ラーグの美味しい夕食が待ってますよ〜」



瞳子は普段の倍の早さで口を動かしシンの肩を掴んでクルリと体を反対に向かせて歩き出す。
シンは訳が分からなかったが、大人しく瞳子に従った。

そして、屋敷の方へ向いたまま瞳子は口を開く。




「―――ウィリアムさん。早く戻られませんと、ベルフェゴールさんに閉め出されますよ」



「っ…、すぐ行く!!」


ウィリアムは、尋常ではない早さで起き上がり、瞳子達に追いついた。瞳子とシンは顔を見合わせて笑った。

ベルフェゴールはやはり最恐だと心で思いながら――。






第一章終.