「典子、家に帰るの辛いでしょ。私の家に一緒に行こう?」


「ううん、涼が一緒なら大丈夫だから……。私の家に来てくれる?」


「でも、今家に帰ったら典子、余計辛くなっちゃうんじゃないかな?」


「大丈夫、私の家に来て欲しいの」


 涼は典子を気遣って、静夫との思い出深い家に帰るより自分の家に来た方が、気持ちが落ち着くと思ったのだが、典子は頑なに自宅に帰ることを望んでいた。

 その時の涼には、典子が頑なに自宅に来て欲しいという意図を知るよしもなかった。


 車に乗り込み、典子の自宅へ向かったが、その間、車内はエンジン音と、外から聞こえる雑音だけでやけに静かだった。


 やがて典子の自宅前に着き、何台分もの車が停めることのできる駐車場に車を停めると、家に続く手入れの行き届いた庭を進み、大きな和風建築の玄関に着いた。

 静夫は父親から社長を継いだのと同時に、この家も静夫夫婦が継いだのである。静夫の母親はとうに他界しており、静夫の父親は重い病気のため入院をしている。そういう事情もあり、この大きな豪邸は静夫と典子の二人しか住んでいなかった。

 典子は家事が好きで家庭的な女性なので、家政婦などの使用人は一切雇わず、この広い家を一人で手入れしているのだから、脱帽である。