†Bloody Cross†



向かう先がどこかの教室だと予想していたわたしのそれを裏切るように、わたし達の足はどんどん普通教室と特別教室のあるA棟から遠ざかる。

「ねえ、先生?授業はお休み?」

「……お嬢さんに先生って呼ばれると変な感じがするんだが。まあ、一限目はな、休みだ」

「変な感じ、って」

自分の首もとに手のひらを重ね、困ったように眉を下げるそれは、彼の照れた時の癖である。いい大人なのに、相変わらず可愛らしい魔導師である。

「あなたがお休みなら、わたしも一緒に休憩しようかしら」

「……授業はどうした。学生の本分だろ、一応」

「その辺はだいじょうぶよ」

パチン、誰もいない廊下にわたしの指をならす音が響く。誰もいないからこそ状況の変化は分からないが、今ごろすべての教室の生徒や教師、果てはなびく草花まで静止画や絵画の如くとまっているに違いない。胸元から取り出した懐中時計を確認すると、きっちり秒針が静止している。

「ね?問題ないでしょ?」

「……ったく、困ったお嬢さんだ」

彼はなんだかんだ言いながらも、いつだってわたしの我儘を受け入れてくれる。わたしなんかが理解できないくらい、大人なのだ。そして、その優しさや包容力に甘えてしまう程度にわたしはまだ子供で。けれど、素直な言葉で甘えられない程度に、わたしは色々なことを知った聡い大人に近づいているのだ。
思った通り、古びた懐中時計を見た彼は、まんざらでもなさそうに口端を持ち上げると、彼専用の資料室へわたしを受け容れてくれた。


* * *


「ねえ、永遠くん。なんで銀月さんなの?」

扉から出ていく線の細い後ろ姿と揺れる艶やかな黒髪を目で追っていると、甘ったるい女の声がダイレクトに耳に入ってきた。そこでようやく随分と近い距離に女がいることに気付く。気付いてしまえば、キツい香水の香りや化粧品の匂いまで気になり始め、ため息が零れた。

「……別に」

特に理由なんかない。美人がいいのかと聞かれれば、完全に否とは言えないが、それでもやはり食事に求めるのは見た目よりは味なのだ。だからと言って、見栄えのよさを求めていないわけでもない。俺はただ気分と勘で動いただけなので、理由を問われたところで言葉なんてものは当然出てこなかった。ただひとつ言えることは、俺を見て、見かけに騙されてほいほい集まってくる彼女たちなんかより、あの子のほうがいい女に見えたということだ。

「なんだ、昼飯だけじゃ不満か?」

「できればゆっくりできる放課後も、永遠くんと一緒にいたかったなあ、なんて」

間延びした声は、砂糖菓子よりも甘ったるく、蜘蛛の糸のように粘着質で。自分が獲物の蝶だとも気付かずに捕食者のような顔をして待つ彼女は、のど笛に喰らいつかれるまで自分が被食者であることにすら気付かない。愚かで浅ましい、それが俺たちの餌。