「僕が憎いのは彼方であって、この子じゃない。僕もちゃんと分かってるから、ね??」


だから行って??と翡翠は微笑むけれど、やっぱり刹那を追い掛けるのは……。


「………」


視線を彷徨わせ迷っていると、翡翠が革手袋を外した左手をあたしの左側の首筋にそっと重ねた。

あたしの首筋に浮かぶ銀月家正当継承者の証である刻印と、翡翠の手の甲の契約印が重なる。


「あ……ひす、いッ」






――――ブワッ……






次の瞬間2人を中心にして巻き起こった風に驚く彼方を尻目に、翡翠は小さな声で言葉を紡ぎだしていく。

伏せられた翡翠の瞼から覗く瞳は先程までのエメラルドとシルバーのオッドアイでは無く、指から滴る血と同じ緋色の瞳。






「契約のもと誓う、彼方の精神がもとの身体に戻るまで手を出さない事を……」






――――カリッ……






「姫の血のもとに――――……」






「ッ……は、ぁ」


翡翠の左手が首筋から滑るようにあたしの右手に移動し、人差し指に牙をたてられる。

肌を突き破られる痛みに声を洩らし顔を歪めれば、痛みを拭うように傷から流れ出ていく血を舌で指の付け根から舐めとっていく。


「ん、ぅ……ぁ」


一滴も零さないように指先を口内に含み、舌先で指を舐めあげられる感覚にあたしは思わず身体を震わせた。


「……勝手に誓約、交わしちゃってごめんね」


翡翠の謝罪にあたしはただ首を横に振る。

チュッとリップ音を響かせながら、あたしの指から翡翠の唇がゆっくりと名残惜しそうに離れていく。

翡翠が咬んだはずの指先には既に傷は無い。


「翡翠を信じてないわけじゃないの……。ただ、心配で……彼方と何があったのかは知らないけど、怒りに任せて事を済ませても後悔するだけ……だから」


「ん、分かってる。それにしてもいつになっても慣れないね、姫は。もう何回もしてるのに」


あたしの言葉に柔らかく翡翠は微笑む。


「慣れるなんて……無理、じゃないかしら」


跡形も無く傷の消え去った指先を見つめながら翡翠の言葉にそう返した。