見馴れぬふたつの影が学園内に侵入する様子を窓辺から見下ろす、深海の如き深青色の瞳。コバルトブルーという寒色系の色彩に負荷された並々ならぬ敵意が相乗効果を生み、真っ正面から向けられれば殺気さえ含まれていると感じてしまう。事実、その瞳には何かしらの並々ならぬ感情が内包されていた。

「わたしがいる限り、貴方たちに勝手なことはさせない」

冷静に、冷徹に、それでもなお確かな怒りを声音に滲ませながら。相手に気取られぬよう気配を消し、密かに敵意を向けられているとも知らずに、視界に映るふたりがゆったりと呑気な会話を繰り広げながら校舎内に消えていく様を見下ろす。まるで少女の存在にも、敵意にも気付いていない様子のふたりは、もしかしたら気付いていない“ふり”をしていただけかもしれないが、窓辺から彼らを見ていた少女にとってはそんなこと取るに足らないことだった。

「愉しむなんて以ての外。こんな罠にひっかかるなんて……本当に愚かね」

敵意、一点の曇りもないただそれだけの感情によって仄か歪められていた表情はふっと力を失い、透き通るほど白い白磁の肌を彩る血をのせたような深紅の唇が三日月型を描く。それは少しばかりのあどけなさを含んだ少女の美貌をより一層際立たせ、妖艶ささえ醸しだすほどだ。
少女は窓枠にそっと肘をのせ頬杖をつき、手入れの行き届いた指先であかい唇をそっとなぞった。

「また後でね、吸血鬼さん」

ゆったりと、舌先で遊びながらそう吐き出された先には既に彼らの姿はなく。眼下にひろがるのは、庭園、その奥の森林のみ。誰もいなくなったそこを見ながら、少女は頬杖を解き、窓枠に背を預けながら残りわずかになったミルクティーを飲み干した。

「……甘い」

少しぬるくなってしまったそれは、甘さが際立ちこんな状況でなければ微睡みさえ誘いそう。それでも、穏やかに微睡みを感じえなくなったのはいつからか。おもむろに触れた胸元、ちゃり、と響く金属音。そこには何よりも重い、懐中時計。たいした重量はなくとも、とても重く、冷たい。少女は華奢な手のひらでそれを握りしめ、瞼をおろし、暫くしてから再び緩慢な動きで瞼を持ち上げた。開かれた懐中時計の時刻は8時26分。

「そろそろ行かなきゃ」

その呟きと共に窓枠を離れた少女は、使用済みのティーカップを残したまま、軋む古びた扉の向こうへと姿を消した。