気配を消して、神経を尖らせる。何処に、何人、誰がいるのか。どんな理由があってこんなことをしたのかは知らない、が。今動いている奴らがこの状況の原因である可能性が高い。相手に気取られず、且つ俺が相手の正体を知ることができれば、今回の任務完了に近付けること必至だろう。
気配で相手のおおよその場所を把握し、足音と自身の気配に気を付けながら近づく。近づけば近づく程まわりには何もなくなり、あまり使われていないであろう空き部屋が目立ちはじめる。辿り着いたのは“資料室”と書かれた、少し古びた教室。教室手前でそっと立ち止まり、扉にはめ込まれた小さなガラス窓からそっと中を覗きこめば……、
「……ぅぁ、ん!く、ろ……」
「……黙ってろ、外に聞こえる」
「……ん」
視界に映る室内の内装は程よく年期の入った家具で統一されている。そんな中で際立つ、斜光に照らされ煌めく銀と、それに折り重なり対なる黒。アンティーク調のテーブルに投げ出された学園指定のブルーのネクタイと見慣れぬ黒いネクタイ。手狭な椅子に浅く腰掛けている髪の長い女。釦が3つほど外された胸元に唇を寄せる男。短いスカートから際どい場所までのぞく艶やかな太股と、そこに添えられた武骨な男の手のひら。紅を誂えた女の目元と戦慄く唇、ぎらつく男の目。ヴァンパイア特有の広い視野で一瞬でとらえたその映像に、思わず息を呑んだ。
「……なんなんだよ、ほんと」
気配を消しながらも、片手で目元を覆い、小さく呟く。なんだってんだ、本当に。こんなことをするために時を止めたのか?くだらない、とは言わないが、流石に張っていた肩の力を抜いた。自分がスるのは大したことないのに、他人のを見るのはなんとも言えない気分になる。人目のつかない場所でやれ、と言いたくなったが、彼女たちにとっては此処が人目のつかない最善の場所だったのだろう。事実、あんなことがなければ、俺が此処へ来ることはなかったのだ。
「ま、って……!それ、は……っ、ゃぁ……」
「……わりいな、お嬢さん。この状況を利用してでも、俺はお嬢さんに……」
廊下まで響く女の制止の声と、切なげな男の声。なぜかどちらも聞き覚えがあるような気がして。もう一度室内を覗き込む、が一瞬にして目を背けることになった。
「……っ!」
目が、合った。あれは俺のクラスの担任だ。驚愕に目を見張り、思考を巡らせる。目的がわからない。完全に消したはずの俺の気配に気付くような、そんなやつがなぜ教師なんて。それ以前に、確か任務の目的は女のはず。一体どういうことだ。
その時、ふと暖かい風が頬を撫でて、向かいの開け放たれた窓に目を向ける、と。がらり、すぐ隣で資料室の扉が静かに開いた。

