「永遠くん、やっぱりあた──…」
不自然に途切れた声に疑問を抱き、声がしていた先に視線を向ける、と。
「……は」
そこには思わず惚けた声が出てしまうくらい、おかしな光景が広がっていた。俺にのばされた薄桃色がのせられた華奢な手のひらは不自然に空中で静止し、なびく髪も、机から落下する消しゴムも、窓から流れ込んでいた風で揺らいでいたはずのカーテンも、すべて。切り取られたかのように、ぴくりとも動かない。どういうことだ、これは。意味がわからない。
そっと不自然に止まった彼女たちのうちのひとりに触れると、それは石膏像のように硬く滑らかな肌触りで背筋が粟立った。今の状況が全く理解できない。
「……他の教室も見てみるか」
だからと言って、取り乱している暇は俺にはない。取り乱してもいけない。すべてが微動だにしない現状のなかでも扉は普段と変わらず開くらしく、俺は入室するときに感じた重みを、より重い自身の気分と相殺するように扉を押し開いた。
* * *
たち上る湯気と紅茶の芳香、お洒落なアンティーク調のティーセット。古ぼけた室内は、それでも埃っぽさはなく窓からは陽の光がさしで暖かい。
「……ん、おいし」
「……そりゃよかった」
ひとくち口に含むと広がるのはほの甘いストレートティーの味、素直な感想を述べれば、彼はくつりと喉を鳴らし柔らかく笑む。時が止まっているこの瞬間が、いちばん穏やかな流れを感じられるような気がするのは気のせいではないはずだ。そっと目を伏せると、紅茶の水面に斜光がきらりと反射していてまぶしい。向かいの席へ視線を向けると、カップ片手にこちらを見つめている担任と視線がかち合った。
「どうかした?」
「いや……」
「……?」
歯切れの悪い担任の言葉に首を傾げる。あまりはっきり物事を言わないのはいつものことだけど、あんなにじっと見ておいて何でもないはずがない。そう確かな確信をもって、じっとグレーのそれを見返すとなぜか狼狽えて視線をそらされた。
「……黒羽さん」
「……っ!」
何時ぶりだろう、彼が担任という立場になってから呼ばなくなった名を久々に口にする。あまりに久方ぶりで唇の動きがたどたどしい気もするが、彼には効果絶大だったらしい。驚きに目を見開く彼にもう一度ゆっくり、くろうさん、と重ねる。口に馴染むその名を呼ばなくなったのは、一体いつからだったか。

