白銀に煌めいていた常夜の月が、深紅に怪しく光る満月のとある真夜中。
魑魅魍魎の刻に淡い月光に照らされ、それでも尚薄暗い闇の中でぼんやりとしか姿形が認識出来ないなか、頭上はるか高くに浮かぶ不気味な月よりも燃えるように紅いふたつの眼が爛々と浮かびあがっていて。

「っ、ぁ……ゃっ」

「……、ん…」

じゅるり、人気の無いその場所に響き渡るのは、まるでナニかを貪り啜るような音。それに混じって、鼻にかかった、噎び泣いているような、情事に喘いでいるような声が辺りに木霊する。

無我夢中で細く白い首筋に噛み付く様は、まるで肉食獣が弱き被食者を食すそれのようだ。ごくり、と喉を鳴らしながら、その捻れば簡単に折れてしまいそうな頼りない首筋から補食しているのは、生きうるすべての人間に脈々と流れる赤い紅い血潮。渇望も陶酔も支配欲も加虐心も、すべての欲望をない交ぜにしたような色をした瞳はただ虚空を見つめ、彼らにとっては甘露で美味なその血を貪っている。咥内におさまり切らなかった血が口唇から溢れ、顎を伝い、地面に滴り落ちて血痕を残すことさえも厭わないず、ただ空腹という欲求を満たすためだけに、血をのみ続ける。
そんな人間とはかけ離れた欲望も、美しくも獰猛なその姿も、まさにヴァンパイアと称するに相応しかった。


* * *


時は経ち、致死量ギリギリまで血をのまれたあどけなさの残る少女はぐったりとし、すでに意識を闇の中へと堕としていた。

頬は涙に濡れ、鋭い牙で貫かれた首筋から未だに僅かだが血を流し続けている。そんな少女を、獰猛さがなりを潜めたヴァンパイアは乱暴にするでもなく、ただ冷めた双眸で見つめながら地に横たわらせた。

「……満月か」

もう興味はない、とでも言うように身を翻したヴァンパイアは、頭上に浮かぶ月を見上げ、先ほど口唇に付着した血を拭いながら口端を持ち上げた。

「幕開けに相応しい月じゃないか」

なあ、そうだろう?

誰にともなくそう問いかけると、スッと瞳を細めた、次の瞬間。その場は何事も無かったかのように、ただ静かに少女だけが横たわっていた。



あのあかい満月は、何を予兆していたのだろうか?