心労が重なってか、食事に味がしないのが、自分でも分かっていた。


 そして治登は思う。


 有希と正式に別れ、直美と入籍しようと。


 結婚の際に仲人(なこうど)をしてくれた、川上さんには申し訳ないのだが……。


 川上悟さんは、治登の大学の先輩で、今も都内に本社を構える商社の現役社長だ。


 さすがに年齢はある程度行っていたし、社長という聞こえのいい肩書きではあるものの、治登と同じ会社役員の身分だったのだが……。


 川上さんに勧められて、治登はビジネス書以外は、明治の古典を読むようになっていた。
 

 夏目漱石から始めて、森鴎外や泉鏡花など、文庫本で手に入る分だけ読んでいる。


 まあ、読書傾向はある程度偏っていたのだが、古典は実にいいのだった。


 昔の名文を読むことがせめてもの骨休めだ。


 明治という時代は今とまるで違って、いい時代だったんだろうなと思いながら……。