本当に愛おしい君の唇

 バルベールと言えば、業界の人間が使う料理屋なので、普通のタクシー運転手でも場所を知っている。


 治登は車に揺られながら、後部座席の背凭(もた)れに凭れ掛かった。


 車が北方向へと走り出す。


 バルベールは悪の巣窟、新宿歌舞伎町の手前にあり、治登は辺り一帯の地理を知っていた。


 車に揺られていると、直美が、


「ケータイ番号交換しませんか?」


 と言ってきた。


 治登が「ああ」と素直に頷き、ケータイを取り出して、フリップを開く。


 彼女が自分の番号に掛けてきた。


 治登はそれを電話帳に登録して、軽く息をつき、ケータイをスーツのポケットに仕舞い込む。


 持ってきていた小型のノートパソコンのアドレス帳に直美のアドレスを入れようかと思っていたが、そこまでするとまずいかもしれないと思う。