十数年ぶりに戻って来たその家の庭に出ると、不在の間この家に住んでいた住人はあまり庭いじりなどには興味がなかったらしく、僕が幼い頃父がまめに手入れをしていた植物達はあるものは朽ちあるものは生き延びて、各々の時を経ていた。


この庭で名のわかる植物はせいぜい外に少しかかるようにして枝を伸ばす梓(アズサ)くらいのものだが、名がわからなくとも茂る植物達の枝葉や花には僅か郷愁の影を感じ取る事が出来た。




父と母と僕の三人で住んでいたここで僕は物心つき、僕の思い出というものはここから始まっている。

その後父方の祖父母と同居するために父の実家へ引越し、長くここの事は日々の記憶に埋もれていた。


並一通りの学業を修め、家業の薬屋ではなく物書きをしたいと言った僕に、父は怒り心頭で勘当を言い渡して来た。

その身に帳面と万年筆だけを入れた鞄のみで家を出ようとした所を、借家にしていた昔の家がほんの数年前に空いたのだと言って、母が住所を書いた紙にいくらかの金を包んで持たせてくれたのだった。



記された住所をもとにたどり着いた町は、終戦直後とは思えない穏やかでそれなりに豊かそうな町だった。

行きがけ、小さな私立図書館も見つけた。

家の掃除を終えたら、少し界隈を散歩してみよう。