伝う玉梓【短編】



嗚呼、これは文車妖妃からの恋文だ。


そう思った。




僕の中の箱も、どうやらかぱりと開いたようだ。
そうだ。

僕はこのやり取りを遥かの昔に知っていたじゃないか。


もう顔も覚えていない。
この地に残して行った育てかけの小さな恋を。



物心ついてすぐの頃、僕は早々に読み書きに興味を示し既にその頃から本を読むのが好きだった。

この辺りでも知識人で有名だった老人の家へよく通い、そこでよく本を読んだのだ。

そしてよく老人の散歩の時間になると決まってやってくる少女と僕は仲良くなった。



散歩の道筋はいつも決まっていて、必ず僕の家の庭に面した道を通る。

家の前で僕は二人にさよならを言って、二人は庭の前の道を通って行くのだ。


その際、僕と彼女は拙い字を用いてこんな風にこの梓の木に託したのだ。



梓の木はその昔使者を表し、古の風雅を愛した恋人達はそうやって言葉を交わしたのだと、老人の話を聞いてから。





この地を離れる事になった時、随分寂しくて悲しくてとても無邪気に笑う少女に打ち明けることは出来なくて、結局僕はその時もこの枝に託したのだった。


「大きくなったらきっと会いに来る」と、そんな幼い約束も一緒に。



虫食いのように断片的だった記憶や想いも、見つけ出して繋げたらもうこんなにも愛しいものに変わっていた。

行っても、良いものだろうか。