伝う玉梓【短編】

素音さんと虫食いの本と妖怪についての話をしてから数日。

僕はここのところ缶詰めになって書いていた原稿を知靖に渡していた。


「それにしても、幼少時はここに住んでたって?奇妙な縁だな」


そう言って知靖は興味深そうに玄関から奥の間を覗こうと忙しなく頭を揺らす。


「やっぱり懐かしいものかい?」

「幼い時分だったから細かい事はさっぱり。何もないがあがって行くかね?」

「あいや、まだ社に帰られん。次の先生の所に行かないとならない」

眉を掻きながら笑うと、それじゃと一言残しさっさと帰って行った。



ため息を尽きながら庭の見える縁側まで行く。

ただ鬱蒼と枝葉を伸ばす木々を見て、なんとはなしに覚えている父の背を真似て今度少し手入れをしようかと考えた。



と、揺れる枝葉の隙間に垣間見える白に気が付いた。


庭に出て近付くと、それは塀にかかるようにして枝を伸ばす梓の木に結びつけられた和紙だった。

胸の何処かで郷愁が疼いている。


開くと、そこには"あの頃"とは随分違う、美しい字体が目に入る。






『貴方が私の元に落として行った種は今だ枯れる事なく私の心に根を張っております。覚えておられるのなら、どうか心変わりの有無をお教え下さい』