伝う玉梓【短編】

誰かを思うあまり伝えられずにいる胸の玉手箱の中の恋文は虫に喰われ遂にはその中から溢れ出てしまう。


「恋に狂った者はどんな者だったとしても恐ろしくなってしまうと言うことなのかしら…」


そう呟く彼女の澄んだ目はどこか遠くを見ている。
何か、厭な予感のような気がした。


「私も、文を書こうかしら。私の想いが虫に食われてしまわないように、書いたらすぐに玉梓に託さないと」



聞いた途端に、彼女の横で話をしていた自分を少し離れたところで見ている自分、というのがやけにはっきりと意識された。
離れた所でこちらを見る自分は、素音さんに想い人が居たという事実に大層動じ、落胆しているようだった。


「それはそれは……それでは、その使者の役は是非僕に」


彼女の隣にいる自分は、その顔に慣れない善人面を貼り付けこれまた随分と自虐的な申し出をしていた。

出過ぎた申し出だったのだろう。

彼女は何とも言えぬ表情を微かに見せるとすぐに苦笑した。



「大変嬉しい申し出だけれど、遠慮しておくわ」


そして決して僕には今後も向けられる事はないのであろう、熱を含んだ可憐な微笑みを浮かべる。






「託す枝は決めているの」



僕は、この期に及んでもその美しい横顔から目を逸らす事が出来なかった。