伝う玉梓【短編】

つい口に出した呟きに素音さんが首を傾げる。
知靖とそんな話をしていたせいか、そんな感想を漏らしてしまっていた。


「ああ、失礼」

「気になさらないで。それより、文車妖妃というのは確か江戸期の…」

ずっと本に囲まれているだけあって、彼女は実に知識が広い。
そして何より好奇心が旺盛だ。


「えぇ、鳥山石燕という絵師が兼好法師の残した文を参考に描いた独自の妖怪です」


僕は幸いながら幼少時より本と勉学に殆どを捧げて来ている。
我ながらそのうんちくはなかなかだと言えた。

その本を手にしたまま、とりあえず二人でその場に腰掛ける。
硬い床はランプの明かりさえ吸い取っているように冷ややかだった。


「その妖怪の描かれた場所には"昔の和歌に、偉人の残した貴重な文かと思ったら、虫に喰われた文であったとあった。ましてや熱に浮かされた千束の恋文には、いかなる怪文があったのだろう"と言ったような文が書いてある」

「怪文…ですか?」

「他人間でやり取りされる恋文なんて第三者から見たら奇異なものに映ると言う事でしょうね」

「その文とこの本を重ねられたんですのね」


彼女は合点がいったらしくうれしそうに少し声を高くした。


「まぁ、そういうことです。ところで素音さん、石燕の描いた文車妖妃はご覧になったことが?」

「昔見たのだけど、あまり…」


言葉を濁す彼女に「構いませんよ」と笑うと余談だがと断り続ける。


「妖妃とつくくらいですからその姿は美しく高貴なはずなのに石燕の描いた文車妖妃はまるで般若や橋姫のごとく恐ろしい面相をしているのですよ」