南海道伝いにやっては来たものの、こちらの土地には不慣れなもので、

最早ここがどこなのか、彼にはそれすら見当もつかない。

あちらはね、咲重郎さん。
良い処なのよ。お江戸のように、人や犬の匂いがしない──

耳元でおしづの声がする。

否、声などするはずがない。あれは、もう死んだ。

咲重郎は頭を振った。

雨はじっとりと旅衣を濡らし、くたくたの躰にのしかかって来る。

(逃げなくては、)

でも、何から─?

頭(つむり)にも、躰にも、焼きが回っているらしい。

(逃げなくては、)

甚だ馬鹿馬鹿しい、一人問答だ。

自分の声が、頭の中でぐるりぐるりと廻る。

咲重郎の足取りは、終にそこで止まった。

ぜえはあと、肩で息をつく。

雨はわずかの容赦もなく全身を叩いて来る。

自分が思っていた以上に、疲労していたらしい。

笠もなく、ずぶ濡れのまま湿る道端に腰を下ろすと、一気に躰中の力という力が抜け出て行ってしまった。

ほう。と息を吐いた後には

立ち上がる気力も、体力もなくなってしまっていた。