「忘れなきゃ、忘れなきゃって思った」



もうあの日からどれぐらい経った?いい加減、忘れなきゃいけないのに。忘れたいのに。




『心がもっと大きくなったら、もっと大きな桜の木…見に行こうな』



記憶のなかの彼の言葉が、表情が、仕草が、…温かさがあたしの邪魔をする。



「狡いわ、本当に」



桜だって…もう…連れていってくれないくせに。記憶の貴方は笑う。

お稽古が上手くいったって…もう…誉めてくれないくせに。記憶の貴方は頭を撫でてくる。



渡瀬家という重さに耐えられなくなった今だって…慰めてくれないくせに。


……夢で、何度、貴方に抱き締められたことだろうか。



「忘れる…なんて…っ出来るわけないの…っ」


だって、こんなにも、こんなにも…。


「…どうして…いなくなってしまったの…っ」


好きなのに。




視界が真っ白に染まる。流衣のシャツの色に。



「空気…なんじゃっ…ないの?空気は…抱き締め、ないわ…っ」

「抱き締めてんじゃねぇの。包んでるの。空気なりに」

「……!!」

「泣け、心。…誰も見てないから」



優しい優しい流衣にしがみつくしか選択肢などなかった。溢れた涙は流衣の胸元を濡らしたけれど、…もう…止まらない。