「――別れよう。七尋」
好きだから。大好きだから、信じていたいのに。七尋くんを信じられなくなった自分が、葵は何より悲しかったのかもしれない。
「……冗談?」
「冗談でこんなこと言わないよ」
「本気?」
「……本気」
「……」
「今まで、ありがとう」
……終わっちゃう。
本当に、本当に。これで、終わっちゃうんだ。
「――あっそ」
気に食わないような、不機嫌そうに声を発した七尋くんにゆらりと顔を上げる。
その後すぐに、椅子の足が地面に擦れる音がした。
「まあ、それなりに楽しかったよ。……じゃーね」
振り返った時にはもう、七尋くんは葵に背を向けて歩き出していた。
「――……っ」
なんとも言えない気持ちが喉元まで込み上げて、学ばないあたしはまた、追いかけなくていいの?って、本当に別れて良かったの?って、口にしてしまいそうになる。
だけどあたしは今度こそ、追いかけたら葵を止めるし、別れて良かったって言うんだと思う。
問い掛けは全部、葵の為だった。
だけどそれらが優しさなんかじゃなくて、葵を惑わせる、迷わせる言葉になっていたなら、あたしは自分の気持ちを言うべきだったと思うんだ。
痛みを分かち合う優しさは必要だと思う。大丈夫だよって、慰める言葉は必要だと思う。
だけどずっと、ずっと、延々と一緒に悩んで迷っているのは、違うって思ったんだ。
自分が投げ掛けたい言葉と相手が欲しい言葉の違いを感じても、あたしは自分の気持ちを言うべきだった。
『じゃあ早く行きなよ』『は? 何ソレ言い訳?』『逢いに行けばいいじゃん』『何言ってんの。悩むのなんてみんな一緒でしょ』『さっさと仲直りしなよ』
何度も、葵の言葉に背中を押してもらった。どんな些細なことでも、葵にとってはどれだけくだらないことでも。
話を聞いてくれた。
言葉をかけてくれた。
『渉っ!』
いつだって笑って、誰より近くにいてくれた。
それがどれだけ嬉しくて幸せだったかなんて、伝えたことがないから葵は知らないよね?
「――渉」
顔を上げるといつの間に店を出たのか、葵が立っていた。少し赤くした目を柔く細めて、微笑みながら。
「帰ろう」
――何もできないあたしでいい。葵の為に何かしてあげられるなんて思ってない。
だけどみっともないくらい、あたしはあたしのままで、葵は葵のままで、ずっと一緒に笑いあっていたいって思うよ。



